「ちゃんとした大人でいなきゃ」
私たちはいつから、この呪文を自分にかけ続けているのだろう。
散らからない部屋、バランスの取れた健康的な食事、適度な運動、そして社会や職場で求められる役割をそつなくこなすこと。誰に命令されたわけでもないのに、私たちは「ちゃんとした自分」のチェックリストを無意識に握りしめて生きている。
「丁寧な暮らし」や「自己管理」という美しい言葉でカモフラージュされたそのリストが、実は自分自身の首をじわじわと絞め、精神を酸欠にさせているとも知らずに。
柚木麻子さんの小説『BUTTER』は、そんな私たちが自ら入って鍵をかけた「無意識の檻」の存在を、あまりにも鮮やかに、そして暴力的に暴いてみせる劇薬のような傑作だ。
目次
梶井真奈子という「檻の外の怪物」
物語の狂言回しとなるのは、複数の男性を殺害した容疑で逮捕されたふくよかな女、梶井真奈子。そして、彼女の心の奥底に触れようと取材を重ねる週刊誌記者の里佳だ。
世間が女性に求める「若くて、美しくて、男にとって従順で無害な存在」という規範から、最も遠い場所にいる真奈子。彼女は自分のふくよかな肉体を恥じるどころか、自らの食欲と欲望を全肯定して肥え太っている。
彼女が面会室のアクリル板越しに放つ言葉は、どれもこれも傲慢で、不遜で、なのに奇妙なほどに甘やかで抗えない魅力に満ちている。
真奈子が語る、あのあまりにも有名な食の描写に触れるとき、私たちの胸には激しいざわつきが沸き起こる。
「醤油をたらした炊きたてのご飯に、冷たいエシレバターをのせて、じわじわと溶けていくところを貪り食う――」
読んでいるだけで喉の奥が鳴るような描写。しかし同時に、私たちの脳内には「不道徳だ」「太るのに」「そんなの正しくない」という拒絶反応が走る。
そうやって彼女を否定し、嫌悪したくなる気持ち。それこそが、私たちが必死に守ろうとしている「ちゃんとした自分」の防衛本能そのものなのだ。真奈子を「異常な犯罪者」として突き放そうとすればするほど、私たちは「自分自身がどれほど強固な『正しさ』の檻に囚われているか」を逆照射されることになる。
「ちゃんとした私」という無意識の自傷行為
なぜ私たちは、これほどまでに自ら進んで檻に入り、自分を厳しく管理しようとするのだろうか。
それは、枠組みからはみ出すのが怖いからだ。社会のまなざしから外れ、「だらしない人間」「ちゃんとしていない存在」として切り捨てられる恐怖に、私たちは常に怯えている。だからこそ、自分の欲望をコントロールし、世間に適応しているという「免罪符」が欲しくなる。
料理を頑張ること、仕事を完璧にこなすこと、体型を維持すること。それ自体は決して悪いことではない。自分を豊かにするための営みのはずだ。しかし、それが「そうであらねばならない」という強迫観念に変わった瞬間、それは自尊心を少しずつ飢え死にさせる静かな自傷行為へと変貌する。
作中で、真奈子の放つ毒に触れた里佳たちが、文字通り「バターの熱」に侵食されるように、ガチガチに固めていた理性をぬるぬると溶かされていくプロセスは、読んでいて恐ろしくもあり、同時に猛烈な快感を伴う。
私たちはいつの間にか、他者の目を自分の内側に飼い慣らし、自分で自分を監視していたのだ。真奈子という怪物は、私たちが「ちゃんとするため」に殺し続けていた、剥き出しの飢えや生への執着を、エシレバターの濃厚な香りで無理やり呼び覚ましてしまう。
女同士のぶつかり合いの果てにある「救済」
この小説の真の凄みは、単なるサスペンスや「食テロ小説」に留まらない点にある。
真奈子という強烈な太陽(あるいはブラックホール)に照らされることで、里佳をはじめとする登場人物たちの、それまで見ないようにしていた歪みや息苦しさが次々と露呈していく。女性同士が時に激しくぶつかり合い、ドロドロとした感情をぶつけ合うシーンは、読んでいてヒリヒリとした痛みを伴う。
しかし、その痛みを経て、彼女たちが「ちゃんとした女」という記号を脱ぎ捨て、お互いの弱さや不完全さを認め合っていく姿には、言葉にできないほどの救いがある。
男たちの勝手な幻想や、社会が押し付ける「理想の女性像」に過剰に適応しようとしてすり減っていた彼女たちが、泥臭く手を取り合うシスターフッド(連帯)の連鎖。これこそが、ガチガチに固まった檻の檻を壊していく最大の武器なのだと気づかされる。
檻の扉を開けて、本当の呼吸をするために
この本を読み終えたからといって、明日から急にすべての責任を投げ出し、社会のルールを無視して自堕落に生きられるわけではない。私たちは明日もまた、それぞれの日常に戻り、「ちゃんとした自分」の上着を着直して生きていくだろう。
けれど、この本を閉じた私たちの瞳には、昨日とは違う景色が映っているはずだ。
「あ、私は今、誰かの目を気にして、無意識に檻の中に入ろうとしているな」
そう気づけるだけで、心の呼吸は劇的に楽になる。完璧な人間なんて目指さなくていい。他人が作ったチェックリストなんて、たまにはクシャクシャに丸めて放り出してしまえばいいのだ。
今夜は、誰のためでもない、ただ私が「いま、これが食べたい」と心の底から欲するものを、カロリーへの罪悪感ごと、その脂の重みごと噛み締めようと思う。
あなたが自分自身にかけているその固い鍵を、たまにはバターの熱で、ぬるりと溶かしてみてもいいはずだ。